2010年11月30日火曜日

《グラウンドワーク・シンポジウム》へのお誘い



シンポと共に、インターンシップのご案内と総合討論がおこなわれる。
主題は《グラウンドワーク》である。

人工河川だが、私たちの日常を潤してくれているのが、大川である。もともとは農業用水として開鑿された。しかし、この大川の保全や周辺景観管理は市民の散策と健康の場として、あるいは遍路道の保全という観点からもっと正面に据えて考えるべき時であろう。特に道後樋又(どうごひまた)から、文字通り分水された小水路が本学の理学部、教育学部北側を流れて、おなじく、松山大学の北側の景観ともなっている。正直この水路沿いの道は、散歩道としてはやや未整備で、忌憚(きたん)なく言えば、殺風景である。水路はかつての田園を潤したのであろう、こまかく分水されて、それぞれが豊かな流れを見せている。風景としてもっと意を用いて、整備すればなお豊かな市民のための市街路がつくることが出来よう。
松山という都市の風格とアメニティの観点から、大川やこれら導水路周辺の環境整備は見直されるべきではないだろうか。
そんな思いから、中村滝男先生が主導されている生態系トラスト協会のご活動にも最近は大きな関心を抱いている。
以下、学内に告示したご案内の文を一部手を入れて転載しておきたい。

------------------------------     -----------------------   -------------------------------

環境を守る市民運動は100年以上も前にイギリスで始まりました。
その代表例としては、《優れた自然環境をそのままに保全するナショナルトラスト活動》をあげることができますが、我が国でもピーターラビットの村の景観保存など、そのいくつかは既に良く知られています。
もう一つ忘れてはならないのは、同じイギリスを先行例とした、《グランウンドワーク活動》です。
グラウンドワーク活動とは、《悪化した地域の自然環境を市民が汗を流して改善し、保全する》活動を指します。
四国を基盤として活動している生態系トラスト協会は、貴重なヤイロチョウの森などをナショナルトラストの手法で保全する一方、行政・企業・市民団体によるパートナーシップをふかめ、地域生活レベルで重要な自然環境の保全について具体的な活動を推し進めて参りました。

このたび、愛媛大学におきましても関係諸団体の協力を得て、下記の要領でシンポジウムとインターンシップを開催することとなりました。
教職員・学生・市民の皆様にふるってご参加いただければ幸いです。

開催日時:2010年12月7日(火曜日)13時30分より16時まで
会場: 愛媛大学 校友会館 1F 交流スペース
主催: 社団法人 生態系トラスト協会
    愛媛大学地域創成研究センター、NPO法人 愛媛アカデメイア
共催: NPO法人グラウンドワーク三島、NPO法人徳島共生塾一歩会、NPO法人徳島保全生物学研究会
プログラム:
基調講演/ 人材育成による地域の活性化
 岡村 茂 愛媛大学名誉教授、NPO法人愛媛アカデメイア代表理事、
     博士(法学)
事例報告/ 地域資源の利用法
 中村滝男 生態系トラスト協会会長、日本めだかトラスト協会会長
そのほか グラウンドワークインターンシップの御紹介、討論など
問い合わせ先: 089-927-8293 愛媛大学ミュージアム・スタッフルーム 岡村 まで


豊かに流れる県立北高校西側の用水

2010年11月29日月曜日

靴底をはりかえてもらう:Dannerを愛用する

靴底を近所のアウトドア・グッズ店、コンパスさんに頼んで、はり替えてもらう。
メーカーのもとに送られて、今回手元に帰ってきた。
それとは知らずに買っていたのだが、Danner社の製品である。同社は使い捨ての文化に逆らうが如く、靴の修理再生をしてくれる。アメリカにもこだわる人が多いのだろう。良いことだ。
人間どうも年齢を重ねると保守的になって困るのだが、この手のしっかりした履き心地を備えていて、しかも堅牢なトレッキング・シューズは事実なかなか手に入らない。メーカーによってはウォーキング・シューズと銘打っているが、軽さを強調してかえって地面との距離感覚が希薄で、いうならばペタンコであったり、実際に弱かったりで、使い物にならない。健康のために職場に向かって一定程度は自転車を引きずって歩いている。そうなれば足場が不安定では運動にもなりはしない。
この靴は酷使した。まず出張や海外への調査旅行にも決まって履いていった。
汚れれば洗えば良い。最初、少し不具合があったが、中敷の下に合成樹脂の小さなクッション材をいれたら、ぴたりと足にあった。特に革の部分は保革ワックスで丁寧に手入れする。材質も厳選されているのだろう、ぴかぴかになる。
最近は昼は生協ショップのパンや弁当を買って食べることにしている。過食を避けているので、だんだんスリムになってゆく。それでいい。しかしあまり節食を強行すると、夕方にひどく腹が減って勉強にもなんにもならぬことになる。それではと、子規が愛したというあんパンを食べることがある。発酵菌の具合いであろうか、独特の風味である。
昼、歩いているとジャズがまた聞こえてきた。
乾いた秋のそらのもと、くぐもったスイングジャズの音がよくマッチする。良く聞いていると音声部分に極めて沢山の周波数が混在していることが分かる。あまりピュアな音というのは人間には不快なのであろうか。ジャズのしゃがれ声みたいな音がかえって心地よい。
部員の方にことわって掲載用のショットを撮らせてもらう。
運動不足の時はこの靴でさらに歩き回ることにしよう。

いきなり疲弊した古靴でご勘弁を。5年か6年か、使い倒した。
さすがに底が摩耗して地が出てきた。

すっかり底が張り替えられて、綺麗になった。ビブラムである。
内張はそこそこ消耗しているので、ま、最後のお勤めである。


スイングジャズのかたがたがまた昼休みに
演奏していた。秋の乾いた天候と良く響き合う。

大学生協エミカの子規の愛したパンコーナー、独特の味わいである





2010年11月22日月曜日

上田浩司氏の講演と対話《愛媛大の「エル・コチェーロ」》

熱弁をふるう上田先生
第三回の愛媛ビジネススクールの研修講演会が開かれた。広い意味での学生/若者のキャリア形成や就活にお役に立てたいとの趣旨による会合である。今回の話者は、株式会社ガイアックスのシニアディレクターとして先進的なICT部門の開発/営業を推し進めていらっしゃる上田浩司氏である。
幸い、愛媛大学校友会館の催し会場での対話集会は熱い熱気のうちに成功した。NPOアカデメイアは、地域の就業支援活動の一環として社会人基礎講座を連続開催している。大学側の理解もあって、昨年から順調に催しを続けることが出来ている。3回生が就活の波に呑み込まれつつあるので、余裕ある取組ができなかったが、盛会で幸いであった。
自己発見の講座(川崎克寛氏による)が前回緊急に差し込まれたので、厳密には今回はビジネススクールと名付けて四回目の大きな集会である。
参加学生の学部も教育、法文、理学部など多岐にわたり始めている。また、お隣の松山大学経営学部の学生さん達も「リピーター」で参加いただいている。
会冒頭のあいさつでも申し上げたが多忙ななかを沢山のかたがたにご参加いただいた。前回の自己発見セミナー同様に、NPO法人アイズの竹下さんや同法人で活動中の学生諸君も応援くださった。でもまったくはじめてというかたがたも居て、とても意外でうれしかった。
前回、自己発見の講座を長時間担当いただいた川崎克寛先生にもご参加いただいたが、じっさいは会がうまく廻るように様々なサポートをいただいた。また、大変恐縮したのだが、農学部の小田先生(ご専攻は農村-都市交流論)も時間をさいてご参加くださった。
上田氏のお話は、40分ほどだったかご自分のサラリーマン経験や弟さんとのIT系企業の立ち上げと経営など、生き方の軌跡を簡潔にたどってくださった。後半は、さあお話をうかがいましょうとおっしゃって、参会者一人づつに将来のことで悩んでいること、今抱いている夢など、それこそ自由に語ってもらい、上田先生の簡潔なコメントが与えられた。ビジネス最前線の先輩の、それでいいのだ、その問題は悩むほどのことじゃないよなど、率直なメッセージはとても心に通じあって、効果的であった。閉会の挨拶ではおもわず胸がいっぱいになってしまった。
上田先生はじめご尽力いただいた各位にお礼申し上げます。


休日の朝、静かな大学構内、向こうに奥道後の山並みが

さて、以下は先生や皆さんのお話をうかがいながらの雑感である。
確かに世の中、電子化が進んで便利にはなった。だが、スマートフォンにしてもなににしても、箱をあけてみても整然とした集積回路があるだけで、具体的な仕組みなど金輪際、ちょっと見では分からない世界になっている。私たちの時代のように、ラジオの裏側から薄いしきり板をとってみると、何本かの真空管が赤く光っていた時代とは違うのである。今のシステムだとコンデンサーもトランスも抵抗素子も全然分からなくなっている。消費者、とりわけ若者は完成した品、でき上がったシステムの上に乗っかって、ただ黙って走ることが要求される。
どこの大学に行って、単位をとって、就活をして、一部上場の企業に入り込んで、ワイシャツ・ネクタイ姿で事務を執り、安定した生計をいとなみ、美しい[あるいは格好良い]パートナーにめぐり逢い、云々。だからすべて“見えて”しまっている親御さんには次ぎに何をすべきかが、トヨタの生産ラインみたいに“予測可能で段取りされて当然”だと、なる。そこから、横にずれたり、はぐれ者になることは、かつての時代よりももっともっとしにくくなっているのだろう。
若者たちに本音のトークに入ってもらうと、果てしなく、えっと驚く沢山の若者たちの日常での疑問と隘路が目の前に披瀝される[私たちは時間の許す限り大歓迎だし、逆に生きる力までもらっている感じですが…]。
大学生を当然含めて若者たちは、いそがしく立ち回っているが、実際のところ本音でかたることが許される空間やチャンスをほとんど持たないのではなかろうか。大人と下の世代が正対して話し合わないことは、弊害が大きいだろう。
何でもかんでも早くしろ、急げとせき立てられる。まだ使える携帯電話もスマートフォンに替えないとだめ。就職情報が十分に入らないから替えないと駄目だとなる(この現象は全面的ではなく、従来の機器が就活で完全に役立たないというわけではない、念のため)。ほとんどがルマーの域を出ないとしても、要するに深く考えずにわーっと流れる危険がいっぱいなのだ。にこやかな脅しが至るところで充満している。
若作りの母親が娘と腕を組んで高級店へショッピングだという。どちらが娘さんか分からない場合があったりする。年齢並みになってはいけないかの如くだ。まるで熟練し熟成することを世の中みんなが阻んでいるみたいだ(そしてその彼方に、結婚しない若者が急増し、少子高齢化がじわじわ我が国を痩せたものにしてゆく、今日ただいまちゃんとしていなきゃ、坂の上に理想郷など存在しない)。
その意味では時代遅れの真空管アンプでLPレコードを鳴らしてよろこぶ若者などもっともっと増えたっていいはずだ。スポーツに熱中し、海外を見聞し(鉄道の旅がおすすめだ)、じっくり読書の楽しみも味わい、そうして青春を謳歌し爆発して遊ぶべきだ。できれば子供たちに[人様の邪魔にならない形で]遊ぶことの面白さを一緒に味わって欲し。そう導いて欲しい。そして遊び人かと思いきや、意外や意外、しゃっきり堅い話もできるのが粋なんじゃないか。グラビア雑誌の女王みたいに清潔で格好良く聡明でさりげないなどという見掛け倒しの属性は、実生活ではフィクションなのだ。陰湿ないじめなんかという不健康なおこないは踏みつぶして、この言葉そのものが廃語になるまで現実から目を背けずがんばるべきだ。
たしかにカウンセリングとかあるし、そちらの方面の専門家のかたがたはご自身の健康を壊すほど子どもや若者たちの問題状況にもみくちゃになっている。問題は、そこまで深刻化していなくてもという広大な、膨大な若者層が現にはらんでいるプロブレマティク[あえて認識対称とすべき問題状況であり、NPOの事業展開領域の探究の意味だとこの場合は指摘させてもらいたい]が、如何に視野に入り、構造的な政策やケアの本格的な対象と化してゆくかであろう。
ある閾値[いきち、しきい/ボーダーのこと]をこえたばあいこれは大変だと大騒ぎになるが、そうではなく、まじめにしっかり学習や仕事や課題をこなしている若者たちの中に、同一世代内と異なる世代間との縦横な対話が欠如してしまっている。若者たちの現状はただ社会の現実を鏡のように映しているにすぎないのではないか。
また、問題は同じ年齢の仲間内ではあれこれこねていても、どうにもならない場合がある。だが、まじめな若者たちと成熟した大人の世代との対話もすっぽりと抜け落ちているのである。マッいいかと問題のあり方そのものを放置し、“ややこしいことには首を突っ込まない”と称して、肝心の市民的関心の深まりや個人としての熟成を放棄する向きもある。高等教育機関にいる大学生がである。そうした人々が子どもを持ち、学校のご父兄になると歯車は一挙に食い違ってくる。教育機関は単なるサービス機関ではない。教育機関に過剰な費用対効果感覚を持ち込むと、モンスターペアレンツとこれに押しつぶされる先生方の構図が浮かぶのである。肝心の子供たちは過度の競争の中に放り出されっぱなしなのだ。
問題が自己の中で封じ込められて、ひろやかな社会的歴史的地域的家庭的な智恵の洗礼をうけないままに無機的に放置されてゆく。人間本来の集団性のなかで「個」の個性は、こなされもまれ接触し、良き意味で社会的に洗練された感性と知性になってゆくことが望ましいだろう。個性はかくて成長する。問題の大きさと諸問題の相互関係がクールにしっかりと把握されるべきだ。知性が智恵にならなければならない瞬間だ。
最近は就活にも親御さんが手伝って、職種の開拓などデータの読み取りを学生さんと一緒に母親がおこなう例があるという。大企業の入社式に親御さん方の出席希望が強いという。この場合、現象だけをとらまえて揶揄(やゆ)することは簡単だが、根源的に問題に向かい合うことにはなるまい。過保護とエゴの暴走に、自律と連帯のおとなの論理を対置すべきだ。
即戦力とは企業の決まり文句だし、そのつどニュアンスのこもった意味ではあっても便利なのでついこちらもそう云ってしまう。しかし、本当に自信のある企業ならそんなことは声高にいう必要がないのではないか。あるいは、先輩の社員諸氏が、新入の社員がそんなに簡単に即戦力であっては、何のために自分は苦労してきたかと、なるだろう。即戦力とはだからほどほどに現実的に理解しなければ飛んでもない誤解のもとになる。
アトム化した学生や若者たちに豊かで寛容な集団性と強靭な自律性を取り戻さなければならない。責任ある自由主義と言い換えてもいいだろう。そのためのお手伝いが、わたしたちNPOの使命なのだ。もちろん私たちが厳密解を手にしているわけではない。肝心なのは、そのつど近似解を割り出しつつ、共に学ぶことである。横に不幸な友人がいた時、ワタシも不幸でああり、幸せだとは断じて言えないということを肝に銘じたい。
 上田先生のお話に触発されて書いてみたが、話しが拡散し、焦点が結べてない。おもわず書きなぐってしまった。また事務局の学生さんには、文章が長すぎるとおこられそうだ。
 以上が研修講演会の感想です。
学内からまっすぐ北へ、一草庵方面を望む。
山頭火が没した地である



2010年11月18日木曜日

第三回愛媛ビジネススクール研修講演会

               記

第三回ビジネススクールの催しです。10月に既に告示をしておきましたが、改めてお知らせいたします。

 NPO法人愛媛アカデメイアは、愛媛大学地域創成研究センター後援の下に、次の催しをおこないます。
ふるってご参加いただきたく、ご案内申し上げます。
 今回の研修講演会は、愛媛ビジネススクールの第3回といたしまして、株式会社ガイアックス・シニアディレクター上田浩司氏をお招きし、これから社会人になろうとする方やビジネス・スキルを高めたい方々を対象といたしまして研修セミナーを開催いたします。
 ビジネス最前線の上田先生が、社会人必須のビジネス・サイクルを中心にご講演いただきます。
 なお、前回、自己分析講座を長時間ご担当いただいた川崎克寛先生もご参加いただく予定です。
 

 研修セミナーの詳細
・主題:「社会人必須:PDCAサイクルのまわしかた」
・日時:2010年11月19日(金曜日)16時30分より 120分程度を予定
・場所:愛媛大学校友会館サロン
松山市文京町3 校友会館2階
・講師:上田 浩司 先生
 *株式会社ガイアックスのシニアディレクターとして多くの法人向けICTサービス分野を開拓
 *東京ベンチャービジネス[NPO法人Ethic主催]受講生の感想から---「とても熱い方です。マニュアル
  的なセミナーではありませんが、価値ある情報と考え方を提供してくださると思います!」
・対象:全学部学生、大学院生、教員、職員、一般市民
・受講料:無料

・お問い合わせ:小笠原 茂(事務局)
     090-4505-3253        
     v142004m@mails.cc.ehime-u.ac.jp
・後援:愛媛大学地域創成研究センター

晩秋の光をうけて落ち着いた雰囲気の自習空間
すべからくじっくりと学べ!

2010年11月14日日曜日

プロの仕事術の奥義

ありがたいことにNPOの活動をおしすすめたり、ミュージアム付の客員教授で勤務したりしているので、色々な場面でプロの記者の取材に接して、逆にこちらが勉強することが多くなっている。
先日もきっちり一時間半ほどのインタビューをうけた。人の紹介欄への記事だそうであった。
履歴の概略から現在のNPOを組織するに至った思いまで。かなり詳細に聞き取りが行われる。どの社でも記者たちは一般に大学ノートに聞き書きをそのまま速記していく。素早い作業である。
先日の聞き取りも原稿に起こすと3000行ほどになるという。それを必要な記事にまとめるには、取材対象への深い理解が必要である。
予備的な取材も、ぬかりがない。記者さんには先日の川崎克寛先生(E-planning主幹、NPO法人市民未来共社専属コーディネーター)の社会人基礎=自己分析講座にも長時間参加いただき、活動の一端を見聞されている。
我々の側としては、NPOに光を当てていただいて、とても助かる。
NPOやSB/CBについてはもっともっと盛り上がっていいはずだ。ここのところ、どうもわれわれのアカデメイアという構えがいまひとつ社会全体にはご理解いただけないみたいだというひっかかりがとれないし、もやもや感がすっきり抜けきれていない。が、我が道を信じる他あるまい。地域人材の育成ということは、いまでこそ珍奇な印象を与えるかも知れないが、そのうち当たり前の存在になる。
だがそのためにはメディアには先駆けてご理解いただかねばならないと思っている。
現場をつかまえ、基礎取材をおこない、調査報道から機を見て時事的な出来事として捉えるというジャーナリズムの大道は、それほど情報化しようと何だろうと、変わらないのではないか。足をつかった取材というのは死語、廃語に近いということだが、じっさい、芯の部分では取材というのはそれほど昔も今も違わないのではないか。地方紙、全国紙など記者さんとの対話が増えていて、興味深く思うことが増えている。
プロの取材術にかかわるあれこれは、現代政治学や社会情報論関連の授業の素材としても使わせていただくつもりである。

インタビューが掲載されました:11月13日付け毎日新聞記事から

11月13日の毎日新聞地方版の「ひと人えひめ」欄にインタビュー記事が掲載された。

表題は、◇収益、雇用確保し、課題解決 「新しい公共」の人材育成を などとなっている。


聞き手は、毎日新聞松山支局の中村敦茂記者。
以下応答を引用しておこう

-----
まちおこしや環境、福祉など社会的課題の解決に収益や雇用を確保しながら挑むソーシャル・ビジネス(SB)と、その地域版のコミュニティー・ビジネス(CB)。「新しい公共」と言われるこの分野の人材育成に、愛媛大を拠点とするNPO法人「愛媛アカデメイア」が取り組んでいる。代表理事として法人をリードする愛媛大名誉教授の岡村茂さん(67)に、きっかけや活動への思いを聞いた。【中村敦茂】
--きっかけは?
数年前、ショックなことがありました。大手旅行会社に就職した女子卒業生が2年足らずで辞めると言うのです。「仕事に社会的な意味があるか分からない。社内でもツアーに何人来たかというだけで話が終わっている」と。教授として就職指導にもあたってきましたが、いつの間にか、順調な人生とは大企業や大都市の資本力のある会社に職を得ること、と短絡していました。痛切な反省です。もっと広い雇用戦略が必要だと痛感しました。
--活動内容は?
昨春の設立以降、学生や若者を対象に、月1回の研修会を開いています。フェアトレード研究会や就職活動支援の社会人基礎講座など学内外の講師を招いています。事務局も学生主体で運営し、即戦力の実務を身に付けるようにしています。
--これまでの成果と今後の目標は?
当面の成果は、学生たち自身で催しができるようになったこと、他の地域NPOなどとのつながりが生まれて連携基盤ができたことです。SB、CBはまだ国内の実例が乏しくすぐに起業とはいきませんが、将来性ある人材を育て、畑に畝を作っている段階です。
ただ将来的にはSB、CBをそれこそ花盛りにしたい。育った人材が新しい職域を開拓すれば、それだけ地域が活性化します。雇用も生まれ、若者が「就活」に不合理に振り回されることも少なくなるでしょう。同じ活動から二つの効果を上げたいと考えています。
==============
■人物略歴
1943年、中国・安東(現丹東)生まれ。96年から愛媛大で教べんをとる一方で、地域の発展に貢献できる人材を育てようと09年4月、有志らと任意団体の愛媛アカデメイアを設立し、10年1月から代表理事。
以上、引用終わり。
毎日新聞 2010年11月13日 地方版より。
-------------------------------------------------------------------------

2010年11月13日土曜日

書道のパフォーマンス

11月13日、14日の土日は学園祭であり、併せて校友会のホームカミングデイ[卒業生の母校への訪問]となっている。それを記念して大学側や校友会による色々な行事がおこなわれるが、ミュージアムの中庭では県立三島高等学校の書道ガールズによるパフォーマンスがあった。
映像記録を十分にとるために二階のバルコニーで理学部学生のY さんとそれぞれカメラを構えた。
巨大な紙が用意され、本体とその先の緋色の巨大色紙に、これまた巨大な筆でもって端正な行書体が書き込まれていった。ほとんど全体で5分も超えないほどの痛快な早さだった。
黒い袴と白い着物、背には扇を金色の水引で留めている。髪が長い女子生徒はおなじく金糸で束ねていて、それがチョウチョの様な形状になっている。
地味な書と簡素ななかにピンポイントの華やぎをもたせた衣装デザインが新鮮だった。
また、筆勢も終始まどいのないものであって、不断の修練がしのばれた。留めはねは、筆の大きさに負けないようにとのことだろう、スポーツ選手のように、しっかりとリズムがとられていた。
そのためでき上がった線にも躍動感があり、書としても立派なものであった。

人間なにごとにつけ「いさぎよさ」と「いきおい」が必要だ。東洋芸術は風格を重んじる。その神髄は、表象されたものの彼方に、結局のところ人の生き方そのものを見ているのだろう。そんな感じがした。

たすき掛けをしたそのうえに金の扇がのっている。
皆で一挙に書き上げる
単独の作品。起筆から気力に圧倒される。
書き上がってほっとする書道部員の皆さん

作品はミュージャム中庭に掲げられ、ライトアップされた。
躍動的な「媛」の造形