2012年1月31日火曜日

学生事務局会議にて


昼は学生事務局会議。291時半開場の南加ホールでの東北支援のNHKトークショウ(サンドウィッチマンさんが来学)について情報共有。とにかく皆さんに呼びかけないと。
それから今日はやや趣向をかえて、ユーロ危機について考えてみた。参加者にとって一見とても複雑に感じられたみたい。しかし、アメリカのサブプライムローン破綻に端を発する金融危機[リーマンショック]の応用問題と見ることで、大きくアナロジーが働くはず。EUが結局、中央部の先端技術を有する金融強国による周辺部諸国の資源の刈り込みに終わるのか、あるいは、諸国民連帯の新基軸に成熟してゆくのか、まさにここが分かれ目だ。EUの専門家は時に統合の拡大深化が絶対に善なるものだという前提で語る場合が多いが、「善なるもの」にUnionを押さえ込んでゆく具体的な政策的発想が乏しくないか。フランスを対象にしておきながら、EUについては勉強も浅いが、素人目にはどうしてもそういう印象がぬぐいきれないのである。しかし、…思わず議論が長くなってしまった!

ランスの大聖堂を背景に。
二度の戦火に焼かれた大聖堂が絶え間なく修復されてゆく。
とにかく大きい。
駅前から市中心部に向かうと、上空にヌッと尖塔が突き立っている。

2012年1月30日月曜日

身辺情報整理:マイレージ・カードなど

エール・フランスとKLMオランダ航空は同じ資本であり、国内主要ウイングとしては日航が提携していることは良く知られている。エールやKLMを包括するマイレージ・カードがFlying Blueである。
しばらく海外にも行っていないので、このカードが行方知れずになり、情報整理の作業中に参ってしまう。再発行もありうるが、これが実に大変みたいだ。そう、やたらに再発行できたのでは不正使用が野放しになるからだろう。やれやれ、机の一番奥にあるのを発見。それから、アクセスがやっと出来た。いまやため込んでいたマイレージも期限切れとかで0マイルと出てくる。
運行表が出発空港と到着空港を指定すると出てくるが、全体を見渡すのが非常にやりにくい。例えば、国内の全日空、日航の便のそれみたいに、今月は成田なり羽田なりからあれこれの時間に、何便パリに出発します。使用機体はこれこれなど、こうした情報はどうひっくり返してもでてこない。
言語の制約もある。建前は日本語でというが、運行表を見ていると、トランジットの案内など日本語交じりの英語になったりして、呑気に見ているぶんには面白いともいえる。
旅行者と海外航空会社とが直接コンタクトがとりにくいという印象だ。
その分、旅行会社がそれなら是非ご旅行の手配はうちでとなるのだろう。
試しに、松山空港からトゥルーズやリヨンなど入力してみると、羽田の国際空港で乗り継ぎができて、パリでは、シャルル・ドゴール(パリ北郊)からオルリー空港(パリの南郊)へ移動し(リムージンかRERの利用による)、それから国内線に搭乗とか、いやドゴール空港でのトランジット(絶対こっちが便利)だとかいろいろ出てくる。
これまで国際路線と日本やフランスでの国内空路とがイメージ的にバラバラだったのが、エールのサイトで打ち込んでみたお陰でようやくイメージ的にひとつになった。

それにしても松山はひどく寒い。みぞれが降る。他の地域はどうだろうか?気温は、ミュージアムの中庭の寒暖計では正午に7.4度と出ていたが、風が絶え間なくふいて、体感温度はそれよりはるかに低い。今日はそれでも冷え込みが弱くてまだマシだ。

テレビで山田風太郎日記のことが取り上げられていた。三国連太郎さんの重厚な朗読がまた味があって良い。風太郎は良く知らない作家だが、すこしずつ読んでみようかと思う。東京の多摩にある作家の自宅は、完全に生前の状態が保たれているという。奥様のご尽力があったからだろう。

そうそう忘れるところだった。大学生協販売部「えみか」の前庭に愛媛大学放送研究会の皆さんがDJのデスクを出して、トークとポップスのなま放送をしていた。実に寒いなかでのディスク・ジョッキーである。許可をもらって学生部員達の奮闘の様をカメラに撮った。放送研究会の皆さん、がんばれ!
やっぱり、ガラス張りのサテライト・ブースがあるといいな。
にこやかに話している。音楽のチョイスも良い。

ギャラリーもちゃんと控えている。
右側の店舗にはもっと沢山の学生達が居る。
それにしても寒いね。


2012年1月27日金曜日

学卒未就業のかたがたへの支援講座を終える

昨年の2011年7月25日月曜日から始まった学卒未就業のかたがたへの職業訓練講座が本日、2012年1月27日金曜日をもって終了した。
当初4名の受講者で始まり、途中、就職につき一名が辞退し、最終的には3名が訓練の全過程を終了した。
昨年の組織では、中央職業能力開発協会のおこなっている平成23年度 緊急人材育成支援事業に係る職業訓練の内、新規成長・雇用吸収分野等訓練コース(基礎演習コース)をわれわれが担当したのである。
独法の整理統合の結果、現在では、独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構に属するポリテクセンター愛媛が所轄している。厚生労働省系の取組である。
実施に当たっては、愛媛大学に特段の配慮をいただいた。特に教室の確保には非常な便宜を図っていただいた。また、乏しい財源であったが、講師陣には多彩な人士をお招きできたと考えている。各位には改めてお礼を申し上げておきたい。
特に小さなクラスしか形成できなかったが、法人の地域おこしへの貢献という大目的からして経済性を度外視して実施した面がある。受講者のみなさんの努力に敬意を表しておきたい。
本コース運営の円滑な事務処理は、事務局長と武智氏の尽力に負うところ大であった。
法人としても貴重な経験であったと思う。



NHK大学セミナーin愛媛大学:サンドウィッチマンと考える「被災地への復興支援」

NHK松山放送局と愛媛大学の共催で、上記の催しが行われる。
案内ちらしのリード文の一部をご紹介しておこう。
「宮城県仙台市出身であり、昨年3月11日、気仙沼港の魚市場にて東日本大震災に遭遇し、一時避難をした経験を持つサンドウィッチマン。震災後は、メディアを通じ被災地の現状を訴え、いち早く募金活動を開始するなど地元愛あふれる支援活動をおこなっています。
 本セミナーでは、彼らが震災体験や、自身が行った支援活動について語る他、今後求められている継続的な復興支援について、学生のみなさんと考えていきます。」(以上、引用終わり)
 このセミナーは、共通教育科目のなかでの指定学術講演会のひとつになっているとのこと。

開催日時等は以下の通り。
日時:平成24年2月9日(木)午後2時から3時30分まで
場所:愛媛大学南加記念ホール(松山市文京町3番地)
1月23日から、愛媛大学学生には整理券が共通教育チームなど、大学事務局を通じて配布される。

教員側の活動事例も報告する。


2012年1月26日木曜日

土佐高知への行き帰り

第三回のソーシャルビジネスの競争環境/市場動向調査にかかわる研究会に事務局長と共に参加。
1月25日、水曜日の朝方、例により小型車に便乗して、土佐高知に出発。山岳地帯をぬける高速道の一部が50キロ制限になっていた。徳島の方面が云々と電光掲示板に出ていた。一部不通である。遅れ気味で高知に着く。時間がないのでコンビニの弁当をしいれて、会議場に持ち込んで食する。
やはり積雪で参加が遅れるというかたも居た。
例にない寒波である。1時やや過ぎてからの開会。
四国の人財育成にかかわる「若手の会」の皆さんだろうか、20人程が陪席されるとのこと。熱気とにぎわいのある会だった。
畠中智子氏の司会進行で色々な議論がでた。
帰りは高速バスで松山に帰着。JR高知駅で16時半発のバスが、18時50分に松山大街道[全日空ホテル前]に帰着した。本当に高速である。大学からはいつも通り自転車で帰る。幸い雪で足止めとはならなかったが、どこもひどく寒い。
しかし、高知市は松山より明るい感じであった。気温もやや高かったのではないか。だが、そればっかりでもなさそうだ。太平洋岸の黒潮と陽光の強さだろうか、どこかすっきりと街並みの色構成も違うみたいだ。明度が高い暖色系だ。
ともかく人口や経済的な収益だけで都市を評価する時代が終わったのだ。コンパクトシティや輝く都市だとか健康都市[コルビュジェ風の古い言い方だが]という新旧のタームが頭をよぎる。バスを待つ50分ほど、市内電車の映像を撮り、駅中のキャフェで一服する。
様々のアイデアが頭の中を去来する。
雪の高速道、四国中央からはひたすら南下する
山また山、トンネル越えで突っ走る
畠中さんの快調なテンポ
ボディーの配色と電光掲示システムが面白い
乗降は向こうのホームで。
路面電車としては日本最古だという。
夕陽に街も電車も綺麗に染まる

2012年1月23日月曜日

マハンの著作---しかし超多忙で何をしているのか分からなくなっている


 久しぶりに大学生協の書籍部で新刊を見渡す。講談社学術文庫に麻田貞雄先生の編・訳になる『マハン海上権力論集』が入っていたのを見いだす。うっかりしていた。マハンAlfred Thayer Mahanは各国の海軍軍人に多大なる思想的影響を与えたアメリカ合衆国の提督である。秋山真之も教示を仰いだという。軍人が著作にも長じているというのは、『戦争論』のクラウゼヴィッツを想起させるものである。かつては研究社のアメリカ古典文庫の一冊であり、前任校の図書館で黒い装本の訳書初版を手にしたことを覚えている。もちろん、講談社版は補訂をほどこされている。大陸を開拓征服しつつ海洋に乗り出そうとする若い合衆国を、文字通り象徴する人物のひとりである。
現役の教授職にあったころは、こういう場合、原書もそろえてみたりしたのだが、退任後は文庫本を吟味して買うようなひどい知的貧困である。年金生活者の文化水準はまあこんなものかも知れぬ。
学生諸君には不思議がられるのだが、文献は読んでも読まなくても血液みたいに身の回りに循環していなければならないというのが持論だ。わがカンパニーも甲板まで波に洗われだして、大きなうねりにがぶり始めている。危ない危ない。
読まぬ本は積んでおいとくという心的態度は[“積ん読”は、悪い冗談だ]、そこそこ正しいと思う。それはいずれ、ああなって、こうなってという素材となり、素養を肥やし、授業づくりや知的エッセーのネタに役立つのである。
発見の喜びがあるのはなにも理系ばかりではない。文系もやはり偶然をからめた発見と出会いの連続である。いくら電子化してもこのことは変わらない。
よろしく人は積極的に発言しうるライターでもあるべきだ。

2012年1月19日木曜日

冬の追憶

かねて学卒未就業のかたがたへの支援を行っている。
大学側からの理解ある措置を得て、教室の一角をお借りしての6ヶ月余りにたっする支援活動である。厚生労働省系の支援事業への参画である。私たちの第一期の取組がようやく終わりに近づいた。昨日は客員の先生が来講されて、身辺も、ひととき華やぎをみせた。
来年度の事業継続への申し込みが始まっているので、書類をそろえ始める。粛々とすすむしかない。
とにかく若い世代をはじめ人々の就業構造を改善しなければならない。仕事、休養、育児、健康、スポーツなど文化的活動、コミュニティ作りなどなど、仕事ばかりかライフサイクル全般にわたって風格ある先進社会を日本に築く覚悟が必要だろう。

さて、このところ寒波が長く続き、またその上、氷雨となる。
松山もしばらくはまったくパリの冬空みたいであった。
ここからは『過去と追憶』編である。
83年初頭の冬だったか、この年はブラームスの生誕150年にあたっていた。FM局のフランス・ミュージックが連日、巨匠の作品を流している。シテ・ユニヴェルジテールの自室では、それをあかず聴いていた。
この都の冬の朝はまっくらで、キャフェは電灯をともして営業している。一時間目の大学院の授業など、とにかく8時台にはじまるので、宿舎に近いポルト・ドルレオンのキャフェでクロワッサンとキャフェ・クレム[フランス風ミルクコーヒーだが、余りうまいという印象がない、偏見かもしれない]をのみ込んで、地下鉄でサンジェルマン・デプレにゆき、それから政治学院にむかって走ってゆく。
パリ政治学院Institut d'Etudes Politiques de Parisは、第三共和制期に政治学自由学校Ecole Libre de Science Politiqueとして設立された。それ故、建物にはあまり歴史的な価値がないといわれているが、一般の街かどに高等教育機関がすっぽり入っているのは、日本では余り見られない光景であった。サンギヨーム街に正門があるので、この町筋はシアンスポ[俗称]の代名詞として使われる。官僚・政治家・企業管理者・研究者志望のものが集まる一大結節点である。
決まって朝はそのうえ雨が降る。嫌になるが仕方がない。午後からは、あくまで重く厚い鉛色の雲が偏西風にのって東の方にゆっくり流れてゆく。大嵐になることはめったにないが、参ることこのうえない。夕方のひとときのみ、厚い雲の西端が切れて、ばら色の陽光が斜めにさしかかる。レンブラントだろうか、泰西名画にある厚い雲の切れ目から注ぐ光の束が、なるほどなあと、ほんの短い時間めのまえに繰り広げられる。
パリでは僅かでも晴れるからまだましだと、誰かが、ため息交じりに言っていた。冬の方がヴァカンスが必要だし、旅の爽快感が感じられる。
パリ/サンジェルマン=デプレ教会も夕日に染まる。
2009年遍路と巡礼国際調査から
午後、時間がある時は、ルモンド紙を読んだり、古いキャノンの一眼レフカメラをもってモンスリ公園を歩いたりする。庭園はゆっくりした傾斜で北のパリ市内に下ってゆく。大規模なジャンクションであるダンフェール・ロシュロ駅(何本かの地下鉄線が交叉し、RER[エール・ウ・エール=パリ・レジオン高速鉄道網B号線]などの乗換駅である)が見えているし、パリ天文台の標準経度線が走っている。そこから北はリュクサンブール公園をはじめ大パリの市街域が展開しているのである。
しばらくは日本には帰るまい。祖国のありかたをそれまでになく深く考えた。
パリは極寒。雪の大地にたつサンジャックの塔、
時間的にはランスから帰って、パリ探訪となった
2009年1月、パリで一泊して
東駅から日帰りでランスReimsに向かう。
TGVと在来型電気機関車が並んでいる。
ランスへは新たな東幹線が高速でつないでくれる。

ランスReimsの大聖堂をかなたに見る。
晴れてはいるが厳しい寒さ。
右側のガラス張りの建物は、メディアテックである。
2009年遍路と巡礼国際調査から




パリ/ノートルダム寺院の東側内陣。
屋根の重量を分散させる効果を狙ってか、支柱の曲線がきれいだ。


2012年1月10日火曜日

1212年初の学生事務局会議

新年初の学生事務局会議を催した。みなさん元気そうでほっとする。
新年の各紙を中心に話題をひろってみんなで議論を深める。

シェア・ハウスの記事(読売新聞元旦、第一面)に考えさせられた。朝日の差しこみ版Globeでのディジョン(国末パリ支局長)の記事など、ご縁がある土地(愛媛大学とブルゴーニュ大学は提携している)だけに興味深く読む。併せて、ボルドーやブルゴーニュ(ボーヌ周辺)やシャンパーニュ地方でのワイン/シャンパン醸造場への見学旅行など、想い出を交えて、ひとしきり盛り上がる。で、結局、買い置きのボルドーを中心に軽食を学内のイタリアン・レストランでとりながら、事務局の新年会をおこなうことに。
残念ながら内定を決めている上回生は所要で欠席とか。
それにしても、ユーロ危機を先頭に国際的にも早くも荒れ模様だ。
今年は、被災地の復興支援について、一段のコミットメントをはかりたい。
いよいよ油断ならない事態である。
エントリーシートの作成への助言など、具体的な就活支援も再開である。


トゥルーズのキャピトール広場にて、
夕日が強いコントラストをうむ
ばら色の街トゥルーズ/ガロンヌ川右岸の風景。
寒波の通過あとだからか、空も街も綺麗だった
(2009年遍路/巡礼の国際調査において)

2012年1月7日土曜日

読売新聞2012年1月7日 就活支援活動を紹介

読売新聞2012年1月7日付けは、本法人の就活支援活動を詳細に紹介いただく。

執筆は、大阪本社・松山支局で活躍中の梅本寛之記者。


記事は空前の就職氷河期における学生達の苦闘の様を、新しい時代の指導者像の探究という大きなテーマの括りのもと描いて見せた。
そんなにかっこいいカウンセリングをしているわけではないのだが、カリスマ的に書いて下さって恐縮している。
もちろん、多くの先生方や本学の職員の皆さん、あるは黙々と業務を遂行している事務局の職員諸氏や元気な学部生・院生といったみなさんに助けられているおかげ。

積み重ねは大切で、内定を獲得した先輩学生が、今度は新たに就活に参戦した3回生を支援してくれている。
東北へのインターンシップ参加者などへも根強く研修会など行って、つながりを保つように努めている。そこに、内閣府の支援をうけた地元でのインターンの取組が輻輳している。東北支援と地域のインキュベーションは密接である。東北⇄四国という双方向的な関係をどうやって緊密に構築するかである。

地域の大切さをこの頃、より深く感じる。当地で活躍されているアイズさんなど有力なインターンシップの先駆けに対しても、協力もうしあげている。敬して遠ざけず、である。同じく、東雲[松山城上り口に近い街区です]に国際キャフェをおかれているグローバルネットさんは早くから国際的な活動を展開。モザンビークへの自転車の配送など、地域の名を高めている。また、泉谷氏が注力されている自由な形態の市民大学も活発に活動を始められている。
そのほか、数えられないほど沢山の地域の働き手のみなさんとこのわずか2年ほどの間で交流と連携の輪が広がった。
ブルゴーニュ大学から日本語の研修に来日されたパリゾ先生Mme Véronique Parisotとの活発な議論も忘れ難い。先生は当法人の東北支援の取り組みに強い賛意を示された。
まだまだ沢山たくさん、書き記しておきたい。
この新年をかざる記事はわたしたちNPO活動のささやかな前進をものがたるランドマークみたいだ。


2012年1月4日水曜日

就活全開で行こう!(就活支援その6)

今日は官公庁のご用始めとて、愛媛大学のミュージアムスタッフも集まって、新春らしい穏やかな歓談の時をもつ。讃岐うどんからパリのラーメンまで多彩な話題がでた。夕方には学長の挨拶がネットでライブ配信されるという。
さてさて、3回生の皆さんには就活で気分が重いと思う。しかし、3回生に限らない。そういう自分も含めて、世の中プティ・ジョブ探しをしているひとは結構多い。当世、この動きはむしろ主流だ。
ということで、就活も就活の支援も、実際上、半端じゃない。激しい競争を泳ぎきらねばならない。とにかく、しっかりと基礎体力をつけながらのたたかいだ。
基礎体力といえば、新聞の購読は大切であろう。流れを掴むには格好の手がかりである。テラスのある家だったか、なるほどエジプトの作家がはやっているなと、なんとなく複数の新聞から推し量れる。広告も大事だ。はやるまで行かぬにせよ、要チェックであることは雰囲気で分かる。
そんなわけで、ここのところ、読売や朝日をはじめ、毎日、日経、愛媛新聞とコンビニで買ったりも含めて、連日、紙面をのぞいている。一色で、各紙はもっと揃っていると思いきや、それぞれにかなり個性的な新年の紙面作りだった。二日目は新聞は全面休刊。あわせてテレビも堅いシリーズはなるべく視聴しておいた。再放映が多かったが、役に立つ。
街の動きの中でも、当たり前のコミュニティー作りとかいうのだろうか、同じ家屋で食事を共にしながら、上の階では個室が確保できるという、昔の下宿みたいな住み方が、特に首都圏で流行りだという。何のことはない、学生時代にたくさんあった下宿屋の自主管理版である。食事を皆でつくるのなど、とても良いことだし、青いどこか人任せの下宿ではなく、今のは立派な大人の世界である。
災害は当然、ふだんは気にもしていなかったし、むしろ避けてさえいた隣人との助け合いを産む。人間は孤立しては生活しえないし、精神的な安定も期しがたい。
かなり長期の取材の成果なのだろう。3.11や原発事故を中心に充実した記事が多い。
日本人は自信を失っている。
しかし、ここ一番、現在の困難を丁寧に解き明かしつつ、隘路を克服すべきだろう。いらだったり、切れたりしては駄目だ。かつてのビッグネームがインタビューで文字通り遅れたことを言っていたり、いやそれでもしっかり流れを掴んでいるなと感心したり、つまり、現代は新秩序に向かってのカオスなのであろう。おのずと権威に頼らずみずからの批判的にして建設的なる見解を鍛えるべし。
危機は日本人を反省させ、強くしてきた。エゴイズムに流れるのではなく、大切なコミュニティを育てつつ、過去の良い面を継承し、足らざるを嘆くのではなく、智恵を働かせて前に進むべきだろう。
さて、提案。就活の新年は、企業研究から進めよう。
格好の素材は、企業が配っている印刷物やネットでの広告である。そこには企業の成り立ち、その理念、業績など、最大限簡潔にして重要な情報が詰め込まれている。
相手の要望を知らずに就活という儀式に踊るのは賢明ではない。
東北の復興とご当地の地域おこしは同じ論理構造のうえにある。交流し、手を結び、地域をともながらに活性化しよう。熟慮と行動によって飛躍するときだ!
パリ・サンジェルマン・デプレ近くの小路。
左右の建物が傾いているのが分かる。
ボザール[美術学院]と寺院に挟まれた地区は、
古いパリの雰囲気が濃厚。

2012年1月2日月曜日

新年にあたって

多難な2011年が終わり、2012年が始まりました。
昨年は東北支援の活動に加わることができました。
今年もより一層おおきな気持ちで支援と地域おこしに取りかかるつもりです。
NPOの方も3年目に入ります。何とか工夫して活動を活性化したいと考えている次第です。

この間の皆様方のあたたかいご支援に思い至りました。深く感謝申し上げます。

今年も宜しくお願い申し上げます。

2012年 新年
愛媛大学ミュージアムのスタッフルームにて

わが家のカトリック風聖誕祭のひとこまでした

新年のおぞうになどです